ウランバナ・バンド名の由来
 
「お盆」の語源となった古代インドの「ウランバナ」という言葉からとったもの。
「お盆」とはそもそも、「盂蘭盆会(うらぼんえ)」の略称、「盂蘭盆」というのは、
「ウランバナ」を音写したもので、逆さ吊りの苦しみという意味を表す。
けっしておだやかな意味ではないけれど、 なんていうのかな?
わたしはこの響きが、すっかり気にいってしまった。

釈迦には最も神通力に秀でた(神通第一)マウドガルヤーヤナという弟子がいる。
日本では「目連」、手塚マンガでは「モッガラーナ」という名で広く知られているんだけど、
この目連が、死んだ母の様子を神通力で見てみると、
母はなんと餓鬼道に落ちて苦しんでいた。
何かを食べようとするとすべて火となって食べられない。
目連は母の逆さ吊りにされたような苦しみを受け、それはもうショックを受けた。
そこから派生して、 お盆とは、このショックを受けた目連が釈迦に相談し、
釈迦が僧たちの雨季の修行期間が明けた7月15日に、
僧たちに食べ物などを布施してお母様を供養してあげなさ〜いという故事にのっとり、
行われるようになった行事そのものを指す言葉になった。

高校時分、わたくし・極実が熱をあげていたバンド
GUNS N’ROSESの「PRETTY TIED UP」という曲に

She’s pretty tied up hangin’ upside down
(彼女はすっかり縛られて逆さづり)

という歌詞がある。

ちなみにウランバナ「F#m」の

F-bla-bla-k us all upside down-ly
(われわれを逆さまに犯して)

は、現在のバンド名、ウランバナになる前のもの。

ウランバナ、正しい表記はullambanaだが、
VANAの方がバンド名っぽいという理由で
ullamvanaと改称して現在に至る。

わたしはなんだかひっくり返ったり、逆さまになってみたくなることが多い。
幼少のころ友達の中で誰よりも先に、空中逆上がりができたくらい。
なぜ、わたしが逆さ吊り(この際「苦しみ」は省いて)という言葉に惹かれるのか?
その原点はここにあるような気がする。

ウランバナで楽しめれば、苦しむのも本望!

参考文献 高田佳人『英語で話す「仏教」Q&A』(講談社 1997年)
 

 
善光寺・闇と音
 
以前、仕事の用事で長野県庁に行ったときのこと。午前中には用事が済み、
県庁から歩いてそう遠くはないな、と善光寺に寄ることにした。
「牛に引かれて…」で有名なあのお寺だ。

善光寺本堂には、本尊の下の真っ暗な回廊を巡り、極楽の錠前に触れて、
秘仏のご本尊と結縁を果たすという、「お戒壇巡り」というものがある。
本尊右手の回廊へ降りる階段手前で、チケットを購入。
受付の婦人に、「壁右側の腰の高さ位のところに、手すりのようなものがあるんだけど、
それをずっとつたっていくと、途中で錠前に触れられるから。
とにかく暗いから気をつけてね。」と言われたが、
「とにかく暗いから…」は冗談半分に受け取ったわたし。
階段を降り、先の婦人の言葉が真実だと悟るのに数秒とかからなかった。

とにかく 暗い。
闇・闇・闇。

「おやすみなさーい」と電気を消しても、蛍光灯の残光はあるし、
コンポの電源の赤い光、その横には携帯の充電器が点灯している。
普通に生活する上で、夜といえども、全く光を感じないなんてこと、ないよね。

平日でお昼時ということもあって、戒壇めぐりオンラインは極実ただ一人。
かつて経験したことの無い闇を前に、わたしは歩を前に進めることができなかった。
そこでわたしは何をしたかというと…

…叫んだ。

「おーい」
「わーぉ」

距離感を確かめるため。さらに自分がいるのかいないのか分からないくらいの闇の中で、
自分の存在を確認するため。
そうやって、なんとか錠前に触れ、外に出ることができた。

そこで初めて気づいた。声を出すこと、音を出すこと、空気を振動させることは、
自分の存在を確認し、解放して、人との距離を確かめたいんだってことに。

だからわたしはステージに立ちたい、みんな見て!そう思った。